「月刊ケアマネジメント」 環境新聞社 Vol.13 No.3 2002年3月
 潜在看護婦を有効活用し
在宅介護を支えていきたい
                                   「キャンナス」代表 菅原由美

     菅原由美さんは潜在看護婦を掘り起こし、看護婦のボランティア団体を設立した。
ケアマネジャーである現在、ボランティアなどの社会資源を使いこなすほか、看護婦が訪問介護とヘルパーの業務を
兼務できることにも着目。利用者の状態に合わせて、訪問介護にヘルパーとナースヘルパーを使い分けるという
画期的なケアプランを提案している。利用者にとってもメリットは大きい。


潜在看護婦に活躍の場を与えたい

 潜在看護婦は全国に約100万人いるといわれている。看護婦の資格や経験を持ちながら、結婚や出産のため
専業主婦となった元看護婦たち。これは現在の看護職従事者数とほぼ同数である。ますますニーズが高まる
在宅介護において、潜在看護婦は即戦力となる強力なマンパワーだ。菅原由美さんも元看護婦。
長い間、「潜在看護婦の知識や経験を有効に活用したい」と考えていた。

 「看護婦になったのは人のお世話が好きで、17,18歳のときにその道を選んだ人たち。看護婦を辞めても何かしたいと
思っている人は多いのですが、それを生かす道がないという状況です。私自身、そうでした。医療の現場は日進月歩で
変わっていくのを私たち看護婦は承知しています。現場に復帰したいと思っても自信がないという看護婦。小さい子供を
抱えているためフルに仕事はできないという看護婦。そういう潜在看護婦が多いんです」

 平成3年の老人保健法の改正で、全国に訪問看護ステーションが設置されるようになった。
しかし、在宅看護では必ずしも高度な看護技術が求められるわけではない。24時間介護にあたる家族にとっては、

看護の延長にある介護や雄家事援助を必要とする場合も多い。菅原さんは、そこに散在看護婦の
活躍の場があると直感した。

 ナースの専門職集団「キャンナス」を設立

 今から25年前、菅原さんは看護婦として大学病院で働きはじめて間もなく、結婚し退職した。その後は、3人の
子育てをしながら、企業医務室の非常勤や保健所のパート職員として働いた。臨床の現場から離れてしまったが、
看護婦の仕事はどうしても続けたかった。この間、同居している夫の祖母と両親を介護し、看取った。
家族の介護を通して、病院での医療、在宅での介護について深く考えるようになったという。

 「私は看護婦としての経験は、決して長くはありません。それでも祖母や両親は元看護婦だった私を頼りにしてくれました。
このとき、私レベルの看護婦であっても、主婦感覚バリバリの看護婦でも、看護婦が側にいるというだけで患者さんに
安心してもらえる、在宅で暮らす方々のお手伝いができると思ったんです」

 そんな矢先、菅原さんは大きな転機を迎えた。

 平成7年1月17日、阪神・淡路大震災。菅原さんはアジア医師連絡協議会(AMDA)のボランティアナースとして
現地に赴き、2週間近く不眠不休で被災した患者の看護にあたった。ここでの経験は、菅原さんに看護婦としての自信と
職業意識を呼び覚ました。また、「夢を実現したかったら、声に出して伝えなさい」と言ってくれた
AMDA医師の言葉に、心が決まった。

 神戸から戻った菅原さんは、早速、新聞や広報誌など各媒体に働きかけ、潜在看護婦に呼びかけた。

 『潜在看護婦の知識や経験を地域に還元したい。在宅の介護者をリフレッシュさせるためのケアや、
ターミナルケアを実践したい。そのために地域にナースのボランティア団体を作りたいんです』

 平成9年3月、菅原さんの考えに賛同した元看護婦40人と共に、訪問ボランティアナースの会「CANNUS(キャンナス)」を
藤沢市内に設立した。CANNUSとは「自分に出来ること(CAN)」と「看護婦(NURSE)の資格や経験を生かすこと」
を意味している。


 社会資源と法的サービスの2本立てで在宅介護を支えていく

 キャンナスは会員制有償ボランティア団体として活動をスタート。障害者や高齢者の介護をしている家族や
子育てで困っているか座おくの依頼を受け、送迎、外出・外泊の付き添い、子育て支援、訪問介護・家事支援などを
有償で行ってきた。行政や規制との戦いもあった。

 「キャンナスはナース専門職集団ですから、利用者さんの家出血圧測定や痰の吸引、シップや包帯の交換
などの行為を行うことありました。こうした行為が医療行為だと判断され、保健所に呼ばれて看護婦の免許を取り上げると
脅されたこともあります」

 看護婦は医師の指示がなければ医療行為は出来ないとされているが、実際にはどこまでが医療行為なのか
曖昧になっている。しかも、病院から在宅へ戻される高齢者が増えているのに、訪問看護ステーションの数は足りない。
神奈川県内の訪問看護の充足率は72%、藤沢市の状況はさらに厳しく、わずか38%。菅原さんは「私たちがやらず
誰がやるのか」と一歩も譲らなかったという。

 「結果、草の根団体であるから行政は口を出せないという結論が出ました。法的な管理下にないのなら、
続けられるまでやっていこうと腹をくくったんです(笑)」

 何か問題が発生すると、保健所や厚生省と掛け合ってきた。「ずいぶん腹が据わりました」と苦笑する。

 そこに介護保険制度が見えてきた。平成10年、訪問看護、訪問介護、居宅介護支援を行う有限会社ナースケアを設立。
介護保険制度使える利用者には保険を使ってもらい、介護保険が使えない人や保険の限度額以上にサービスを
必要とする人には、従来の有償ボランティアのサービスとの2本立てで支えていくという構想である。キャンナスをNPO法人に
することも考えたが、あえてしなかった。

 「監督官庁のもとに入りたくはなかったし、また、現在のNPOの税制優遇には無理があると思っています。
NPO法人にしなかったため不便なことは1つもありません」菅原さんはキャンナス代表、有限会社ナースケア取締役を務める。
同時にナースケアのケアマネジャー、訪問看護婦でもある。現在、キャンナスの会員は839人。サービス利用者556人、
看護婦やヘルパー(ドライバー含む)などサービス提供者は約300人という大所帯となった。一方、ナースケアの利用者は
約250人、スタッフは看護婦(準看護婦含む)53人、ヘルパー86人(ドライバー含む)。キャンナスの利用者で
介護保険が使える人は全員、ナースケアへ移行した。

 ”ナースヘルパー”という存在

 ナースケアの大きな特徴は、訪問介護にヘルパーとナースヘルパーを使い分けている点だ。
ナースヘルパーとは同社独特の職種。看護婦全員が看護婦業務とヘルパー業務を兼務しており、看護婦がヘルパーとして
訪問する場合、ナースヘルパーと呼ぶ。介護保険の施行直前、訪問看護婦たちは自動的に1級ヘルパーとしてみなすとの
見解が出され、違法ではない。特に身体介護は、看護・介護共有可能なケアは多い。菅原さんはケアマネジャーとして、
ヘルパーよりもナースヘルパーが対応した方がいいと判断した場合、ナースヘルパーを訪問させる。同社のナースヘルパーは
他の事業所からの要望も高く、やはり身体介護で依頼されるそうだ。

 「私たちは高齢者の顔色を見ただけで体調がわかります。ホームヘルプでもナースならではの質の高いサービスが
提供できると自負しています」

 ただ、ナースとナースヘルパーの違いは明確にしている。ナースヘルパーで訪問するときは医療器具を持たず、
バイタルチェックも行わない。あくまでもホームヘルプサービスに徹するのだが、そこにナースならではの身体の観察が加わる。
家事援助で入り、食事を作るときもある。それも利用者が普段どんな食事を好んでいるかを把握するため。利用者の
健康指導にもつながる。

 こうしたフレキシブルな対応は、利用者にとってメリットが大きい。例えば、訪問看護60分未満のケアプランを組み、
看護婦が血糖値の測定と処置、身体介護などを行うとする。同社のナースヘルパーであれば、30分未満の訪問介護として
対応することが可能となり、料金は安くなる。

 「訪問看護の世界では、私たちがやっていることは価格破壊だと非難されています。確かにそうかもしれません。
でも、それは誰よりもまず利用者のため、そして、いつの日か利用者にヘルパーとナースの違いを分かってもらうためです。
利用者自身が減るパートナースヘルパーの違いを感じて、”ヘルパーじゃ不安だよ。料金が高くてもいいからナースヘルパーに
来てほしい”と言われたときこそ、看護婦の地位は認められると思っているんです」

 看護婦とヘルパー業務にいくつもの矛盾が生じている。たとえば訪問入浴で看護婦、ヘルパーが入る場合がある。
看護婦は医師の指示が必要になるが、ヘルパーは医師の指示は必要とせず、自由に行える。

 「こんなおかしな話がありますか。ヘルパーが行くときこそ、医師の指示が必要ではないですか」

 今、菅原さんは介護保険上の訪問看護が医師の指示なしで動けるよう、行政に働きかけている。

 ヘルパーでは無理な身体介護とは?

 Nさん(77歳)宅へ行く。Nさんは要介護度2.糖尿病のため、視力低下、視野狭窄といった症状がある。
本来、訪問看護を入れて血糖値の測定とインシュリン注射などの処置を行うところだが、嫁が献身的に介護しており、
その必要はない。現在、週1回、訪問介護のサービスを使って通院介助を受けている。

 Nさんの楽しみは、外出して食事することと旅行。かなりのグルメらしい。目が悪くなって、一人で自由に外出しにくくなった。
通院で外出した際、食事をしたいと希望したため、同社のナースヘルパーが同行するようになった。一般には、ヘルパーでも
十分に対応できると思うが、糖尿病でカロリー制限があることなどを考慮すると、菅原さんは「ヘルパーでは無理」と判断した。
Nさんは料理屋で次々と料理を注文してしまう。食事のスピードも人一倍早い。カロリーを考えながら、ナースヘルパーが
食事量をコントロールするのだ。

 「毎週、ヘルパーさんが来るのが楽しみだよ。今のサービスに満足している。毎日でも来てほしいけど、
しょっちゅうお願いしては悪いから、週1回で我慢しているんだ。嫁がよくやってくれるしね」(Nさん)

 Nさんは日中、一人になることが多いため、デイサービスを利用したこともあるが、周囲の人と話が合わず
やめてしまったそうだ。実はNさん、いくつも会社を経営している事業家なのである。

 「皆で歌や体操なんていやだね。僕はこう見えても柔道5段。若い頃はけんかに明け暮れたもんだよ(笑)」(Nさん)

 若い頃の武勇談に花が咲く。なんとも豪快な方だった。

 年2回、2泊3日の旅行はNさんの年中行事である。こちらはキャンナスの外泊支援のサービスを利用。
毎回、菅原さんが看護婦として同行する。「私でなくても行けるようにしましょうよ」と菅原さんが言うと、Nさんは
「あんたでないと駄目だよ。面倒見がいいし、ナースだし。それに、安心なんです。他の人じゃ安心がないんです」
と必死に抵抗する。この光景が何ともほほえましい。2人の関係が良好であることは一目瞭然だ。

「入れ歯の件はどうしましたか。今度お嫁さんがいるときにご相談させてくださいね」と言い、Nさん宅を出た。

 ケアマネには人的ネットワークが不可欠

 菅原さんは言う。

 「Nさんやご家族のように、これほど親しくさせていただくのは稀。やはり、利用者さんやご家族の理解が
得られないケースほど難しいですね」

 重度の痴呆で独居の親を「すべてお任せしますから」と相談に応じない家族。本人は施設入所を希望しているのに、
親戚がそれを認めない独居の資産家。1日に20、30回もdんわを掛けてくる利用者。悩みの種は尽きない。

 「困難ケースを一民間企業が抱えるのは難しい。行政の看板でやらないといけないケースがあると思っています。
それから、保健婦や民生委員と同じような権限をもっとケアマネに与えるべきだと思うし、行政が把握している情報を
もっと提供してほしい。それが可能になれば、解決するケースもあるんです。ケアマネ業務は変えていかなくてはならない
ことが山積みです」

 悩んだり迷ったりしたとき、これまで蓄積してきた人の輪で助けられたという。同業者や他のサービス事業者だけでなく、
行政や外部の人脈のパイプ作りは不可欠。菅原さんはこれまで会合や研修会、会議などには必ず出席し、役員も
雑務も二つ返事で引き受けてきた。

 「接点を多く持たないと、人脈のパイプは作れません」

 今も月2回、保健所の非常勤として勤務しているが、「行政とのパイプを失わないため」というから徹底している。
独自に人的ネットワークを築くことも、ケアマネに問われる能力といえる。